最初近くでテープ不良個所あり

昭和42年01月13日 朝の御理解



 今朝、何時もより少し早目に目覚しのおかげを頂いて。目覚しのおかげを頂きながら、一生懸命、それこそ腹の底から上がるような祖先賛詞を奏上しながら目覚した、初めてあんな事がある。どういう事だろうかと。一生懸命あの、祖先、夢の中じゃないです。本当に祖先賛辞を上げながら目が覚めたんです今朝。まあ今日は1月の13日は小倉の初代の、お立ち日でもございます。
 そう言う様な事であろうかと。本当にまた、久保山先生の御霊に捧げるの、祖先賛詞であったかも知れない、という風に、まあ色々考えたんですけれども。私は特に朝の御理解は皆さんに聞いて頂く時に、もう私の一番慎重な時なんです。ですから、皆さんがここで御理解を頂こうとなさる時に、場合によると5分でも10分でも御理解が出らない事がございます。
 「  テープ切れ   」
 誰かがぞろぞろとその、待っておる間にお参りをしてくる。今も堤さんとこの一連れが私の、神様が御理解を待たせて下さるように、ここで私がお話を始めようと気がせん。いかに神様が皆に聞かせよう、分からせようとなさっておるかと言う様な事を、そういう時に感じるので御座いますけれども。ですからもうここんところの一つの、タイミングというものかね、こうテープに収録されます。
 それでよっぽど私とここで、是を御用頂く人との気持が合うてないといけませんです。まだお話の何をしようか分かりもしないのにこちらがこう、みえておられたり、ね。お話を始めても、まだこちらが、もう始められるこっちが体制が出けても、こちらがまだその、こちらに気がつかなかったり。ほらもう今から始めますよなんて言いよったらです、もう私のお話はもう一番、開講一番有り難いものになって来ないのです。
 はあもう本当に微妙なもんですから、皆さんもやっぱその位の微妙な、もうその微妙なと言うか、微妙な有り難さというものを、やはり感じ取って下さらなければ朝の御祈念を頂きなさる値打ちがないと思う。そこで私はあのその思うんですがね。御理解を今までは久保山先生がもうほとんどの御用を頂いておられました。ほれで御理解を頂き終わってから皆さん帰られると。
 先生、今日の御理解は大変な御理解でしたですね、今日の御理解はこれは何時いつまでも残しておかなければならない御理解ですねという風に、まあ一遍あそこから座っとってから、皆が帰られた後に又わざわざ言うてみえる事が時々あったんです。そうですかて私。私としては今日の御理解に限った事じゃないんだと思うんだけれど、そこにやはり好み好みというか、その人の信心の在り方というものがあるんですね。
 久保山先生が、まあ感心されるのは何時もこの教学的なですね、理論的な、まあ理路整然としての御理解の時なんかそういう風に感じておられたようでした。そして、今日の御理解は私は有り難い御理解だったなと私自身が思っておる時にはあんまり感じてないといったような向きが強かったですね。まあどこをどう感じられる。そういう意味でその、まあ久保山先生が御自身の例えば信心と言うか。
 またはその周囲のまた皆に言うなら歯痒さを感じておられたであろうと言った様な事柄の中に、こういうような事がございましたですね。昨日久留米の岡崎さんが、2~3日御無礼してお参りして来てなかった。ちょうど親戚にある用件がありまして、出来なかったんです。で昨日お参りさせて頂こうと思うて、その自動車に乗ったところが、どっこいエンジンが掛らない。
 はあこれはもう神様が、今日もうお参りせんで良かち、言いよりなさるとじゃなかじゃろかと思うたけれども、自動車の中から、動く気がしなかったとこう言うんですね。そしてしばらく腕こまねいて、それこそジーっと考えたっちいう。そこにねどげなんこってんお願いせにゃいかん。ですかち言いよりなさったけん、お願いだけなら、それから天津祝詞あげたり、その御祈念拝詞を上げたり。
 そしてからもうほらもう椛目では御祈念が始まっておるのに、もう御理解も始まっておるのにとこう思いながら、御祈念をさせて頂いた自動車の中で。そしてその又自動車をまあ、こうあの言うならあのあの何て言うですかね、エンジンですか。エンジンを掛けられた所がですね、今度はもう実に調子よく掛るち言う訳です。はあ神様はおかげを下さったなあと言うてから昨日お参り、その事を一番口にそのお届けするんですよ。
 岡崎さんあの、信心なそこじゃもんねて。そこんところを忘れんごつせにゃいかん。もう信心のお育てを頂くという事はそういう事なんだ、ね。これはね私共でもそこんところが段々分からせて頂くようになって例えば毎朝、朝の御祈念にお参り。善導寺に、まあ自転車で当時はお参りしておりましたから、ところがその、時々その自転車の空気がぬけてしまったり、パンクしておったりと言った様な時があるんですね。
 そういう時に私の心の中にその頂いておったもの、そのいつも当時の実感なんですけど、はあおかげ頂いたという事でしたですね。あいたあ、今日はもう自動車がエンジンかからん、今日はもう自転車がパンクしとる、これはもう神様が参らんで良かち言いよりなさるとじゃろう、というような考え方ではなくてですね、そういう時には、おや、おやという事よりもですね、おかげ頂いたっていうのが先でしたね。
 実を言うたら私の心の中に、もう少し修行がしてみたいという願いがいつもあるもんですから、本当言うたら歩いてでも何時もお参りしたいというのが願いの底にあるんです。けれどもやっぱ自転車があるもんだから、自転車にやっぱり、つい乗って参るんだけれども、自動車が今日は動かない、自転車が今日はパンクしておるとこう思うたら、はあ今日は歩いて参られるという気持があったんですね、確かに。
 だからおかげ頂いたという気がするんです。そう言う様な所を私は信心の育てられて行きよるという、その過程です。もう今日は自動車、自転車が動かんけん参るまいという、いや参らんでもひとつ御祈念をさせて貰おうとこう思う。そしてこうお参りしようとするこのところ。またはそういう時にいや返って、おかげ頂いたとこう実感する。そういう点ではあの久保山先生なんかは、もう言うならがむしゃらに、椛目に向かうておられたように思うですね。
 頭が痛かろうが、腹が少々痛かろうが、自転車が例えば動かんようであろうが、それこそ走ってでも参ってくるというような、もうとにかく、とにかく椛目に向かうて来るという事がです、まあ何と言うでしょうか。ね、ここを努めなかったら自分の信心の修行はもう台無しになるというようなものが、久保山先生の信心の中には感じられたですね。皆さんの信心はどうでしょうか。今日は頭が痛い。
 はあ、もう今日は神様がゆっくり寝とけち言いよりなさるとこじゃろう。今日はもう自動車が動かん。これはもう晩の御祈念で良かち神様が言いよりなさるとじゃろうと。それはそれぞれの信心でそれでもいいのですけれども、それが段々自分の信心を育てられて行きよるという事。岡崎さんが、いわばもっと前だったら、もうおそらく自動車から下りてお参りしなかったでしょう。ね、
 けれども段々お参りさせて頂くようになり、信心を少し分かって来るようにならせて頂いたら、そこんところが、こう分って来るようになって来ておるということ、ね。おそらく、あれがもし久保山先生であったら、ひょっとしたら御祈念をなさらなかったかも知れない。まあ久留米からですから、走ってという訳にいかんから、すぐバスの停留所に走られたのではなかろうかという風に思うですね。
 どちらがどうていう事ではないですけれども、この神様を向かうて来るということ。ね、信心を本当に意欲的に自分の物にさせて頂こうとする、この一つの信心の姿勢というものがです出けなければいけない。神様がそういうこう一つの何て言うですか。神様がそういう打ち向かうておる、その心を受けて下さるですね。お参りしようと思うた時にはもう受けてござるけれども。
 ところがもう自動車が動かなかった、とまあ言うて、そのもし、また、んなら明日にしようというような事になっておったらですね、もうそれから先は神様はお受けにならんと思う。ね、けれどもそこに、腕こまねいてそこに、理由を考えてみる、御祈念でもしてみる。そういう心を、神様はもうお受け下さると、こう思うですね。やはり神様にお受け頂くような信心をせにゃいけません。
 昨日も、事務所の所を、皆が2~3人で整理して、久保山先生の私物や、自分の色んな分らないところがある事を整頓したり片付けておりましたけれど。そしたら昨日、13冊か14冊か、御理解の抜粋集というのが出て、ちょうどこの、おへぎよりもちょっと大きいぐらいな帳面に14冊か書いておられる物が出てまいりました。私も始めて見るような物が中には何冊もございました。
 その中に、生きた神とこう表紙に書いておられる物なんかは、もう全然私はあんな物書いておられる事を知らなかった。それにはちょうどここの始めの頃の事、ね、もうそれこそ、まあ言うなら門前市をなすといったようにここが、朝参り、もう一日お参りが賑うておった時分。それこそ奇跡的なおかげがこの現われておった、今でも同じですけれども、そういう時分の事をですね、もう今忘れられかけておる。
 私共も、はあほんに、こんな事があったなといったような事をです、その書き止めてございます。いわゆる、生きた神の働きといったようなものをですね。ある人が、孫が医者から難産と言われておった。ほれで神様にお願いさせて頂いておったところが、もう本当に安産のおかげを頂いておる。有り難さ、嬉しさのあまりにもう、お礼に出てきたところが、先生おかげを頂きました。
 安産のおかげを頂きましたと言うてそのお礼を申し上げて、ね。先生どうぞお名前を頂きとうございます、と言うてそのお願いをしたところが、ちょっと先生がその、名前を「清人」と書いて、それをふりがなうってお書き下げられた。そん時久保山先生はそればずっと、こう横で見とった。そしてお名前を頂いてから、これは善導寺の中村さん、畳屋さんなんですけれど。
 名前を頂いてから、はあ親先生すいません、本当に男が生まれて来る、女が生まれて来るも申し上げんのに、もうお名前が清人という、男の名前を頂いておるという事に、改めて感激して、また側で見ておった自分も、生きた神様だなあと思うたと、言った様な事が書いてあるんです。これはあの、椛目に御縁を頂いておる人達ならまあ、皆それを体験もなさっておられる。
 皆さんもそういう体験した事ですけれども、そういう事は何時の間にか消えて無くなって行くものなんですね。次にあの、久富さん達兄弟の事を書いてあった。ある月次祭に兄弟二人揃うてお参りになった。ちょうど夏の事であるから、西瓜のお供えがあっておった。まだ勇さんが家別れなさっておられない時分であっただろうと思う、兄弟。と、私は思うんです、日にちは書いてないから分らない。
 そしたら親先生がああ是はあの、お父さんのお供えだと言うて久富国蔵のお届けをなさった。それから二人の人が先生もう恐れ入りましたと。今日の西瓜は実は父がもう西瓜畑の中でこの西瓜だけは立派に出来よるけん、この西瓜だけは椛目にお供えぞと言うて、毎日言うておった西瓜だと。あれは兄弟のお供えではない、久富国蔵のお供えぞと神様はもうそれこそ父のお供えで御座いますも言わん前にそういうお届けがあった。
 本当に恐れ入ってしまう、と言った様な話なんです。例えば、その今の事からでも思います事はですね、神様に通うもの。おかげを頂いて有り難い。もう一回先生ばいっちょ試してやろう。試してやろうち、いう事じゃなかろうばってん、先生お名前を下さいと言うた人があったんですよ。どうしても頂けなかった。先生がほんなこて、分かんなさるとじゃろうか。だからもう男も女子も言わんといてから。
 お名前下さいと言った様な、いわば見える人がありますけれども。ここではそういう意味でです、このこれはお名前を頂くだけでも、どのくらい生まれる前に、頂いた人が沢山おります。けれどもそう言う様な事では、神様が動きもしなさらなければ、私にいや私が動かんのじゃなくてですね、もう神様に通わんのです、そう言う様な事では。中村さんの場合なんかはです。もう本当に喜びが有り難さが、もう難産のハズが安産のおかげを頂いて有り難いと言うのがおかげを頂きまして。
 安産のおかげを頂きまして有難う御座いました。頂くならばお名前は神様からだという、一生懸命な思いで、お届けしておられるから、神様に通うておる訳です。久富さんとこの、その場合でもそうなんです。お父さんのもう、前々からの願いというものの思いが、もうここには受けて、受けておられたと言う様にです。今日は私はそこんところを、皆さんに聞いて頂きたいと、こう思うたんですけどね。折角朝参りさせて頂こうと思ったのに、ね、自転車がパンクしておったから。
 もうこれは参らんで良かじゃろう、そういう事では、全然神様には通わんということ。ね、そこんところを、こう押して出て来るところの、生き生きした物があってこそ、その生き生きとしたものが、通うおかげになって来るという事なんです。お互い信心の、お育てを頂いておるので御座いますから。そう言う様な所を、失敗せんように、おかげ頂かなければならんと同時に、久保山先生の生き方のように、ね、
 もうそういう時に、久保山先生ならばです。もう今日は、はあ参らんで良かて言いよりなさるとばいなとも思われなければ、ね、これで修行が出来るとも思わらっしゃら、もうとにかくお参りする事はもう当たり前になっておるという事。日々こうやって広大なおかげを頂いて、ね、朝参りさせてもらい夕参りさせてもらうという事は、とてもそれは、もうお道の信奉者としては、もう当たり前な事としてそれが成されて行くように、段々おかげを頂かせて頂いたら。
 例えば私がならここに朝の5時の御祈念に、夕べ例えば一睡も寝ていなくてもです。もう5時の御祈念なら5時の御祈念にそれこそ一秒間だって遅れない事を修行とも思っていない。今はもう、今の私にはそれはもう当たり前な事として日々出来ておるというようにです、それが自分の物になってしまうまでの、このお育ての過程というものがです、神様に通うような向い方でなからなければならんという事ですね、
   どうぞ。